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スティーブ・ジョブズ 人を動かす神ーなぜ、人は彼に心を奪われるのか? (リュウ・ブックス アステ新書)
スティーブ・ジョブズ 人を動かす神ーなぜ、人は彼に心を奪われるのか? (リュウ・ブックス アステ新書) (JUGEMレビュー »)
竹内一正
良くも悪くも、飛び抜けているからこそ頂点を極められる。妥協の無い姿勢には尊敬を通り越して、畏怖さえ覚える。そこがスティーブ・ジョブズのスゴイ処だ。ただ、個人的にはあまり友達になりたくないかも。
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いきなり ”ネットと経済活動”

  だいぶご無沙汰の書き込み更新ということで、何を書くべきかという葛藤からのスタートであることを一つ言い訳がましく言っておきます。

 実際、She'z_Kの活動としては、相も変わらず「花壱ちゃんネル」というネットライブ配信を隔週で行っている以外には、これといって進展なし。
 しかしながら、この「花壱ちゃんネル」のポッドキャスト番組に関しては、聴取登録者数が月次80名を越えるという、ありがたい事態となっております。
 多少は認知されてきたという実感もありつつ、トークが本来のフィールドワークではないというところも痛し痒しという次第で・・・。

 とまあそんな中で、このところメディア論とかを色々と語ったりしている訳ですが、自身の経験則的な部分も含め、改めてネットと経済についての持論を語ってみようかという、今回の趣旨であります。

 「花壱ちゃんネル」の中でも再三に渡って話をしていることではありますが、まずネット経済としてタダという意識はいかがなものか?
 つまり、ネット内のコンテンツがタダというのが当たり前という風潮(?)は、はたして正しいのか否か。
 これはネットに限らず、コンテンツつまり製作物に於いて、それを試聴、利用、所有するという一連の行為に於いて、無償という事が成り立つのかどうかという意味です。
 
 ここで経済という側面で話をするなら、経済活動というのは、金銭が循環しなければ成り立たないというのが本来のあり方であると思います。これは消費経済としての社会構造から考えれば、結局はモノを消費することで、また製造、販売、消費というサイクルが生まれ、その中からそれぞれに携わる職業人の対価が生まれる仕組であるからです。
 簡単に言えば、全ての事において、無から有を生み出したモノに対しては、タダという事はありえない。
 それを踏まえた上での、個別に対価報酬を交渉していくというのなら問題ない。
 それが、いつしかタダであることが良いことであるような、ネット環境を肯定する意識になってしまっているような処に、危惧を感じているのは不当であろうか?

 特に、日本人の潜在意識の中に、無形であるものに対して金銭的価値を適応することの忌避感覚があるのではと感じるふしがある。
 これはコンテンツ商売に関わる部分でもあるが、目に見える物質としてのモノが完成形としてなければ対価が生じない。それに関わったソフト面としてのアイデアであり、思考作業である、目に見えない部分の労力というものに対しての対価という意識が希薄であるように思えてならない。

 ネット社会は、情報というコンテンツが無尽蔵に吐き出される場である。その中で有益であるか、はたまた、全くのクズ情報であるかは、それこそ対価を支払うかどうかという選択肢で振り分けされるものであって、全てを一緒くたに等価とすることは、自らの選択コストを上げていることになってしまうのではなかろうか。

 もっと単純に考えれば、良いものが欲しければ、やはりお金を払うというのが、健全な経済社会であるということだろう。当たり前に考えてもタダでモノが手に入るとしたら、それは何か裏があるとしか思えないわけで、たとえ人からタダでモノを貰ったとしても、そこにはその人との関係性の中で価値観の等価交換が生じるからこそ、成立するもののはずである。

 つまり言いたいのは、ネット社会の経済モデルとして、収益を上げる事を否定しない。更に言えば、収益ありきでのネット活用を、利用者自身が提供していかないと、良いものは残らないし、ただの自己満足的ゴミ箱と化してしまってもいいのかという、問題をはらんではいまいか。
 そんな事を感じてしまう訳です。

 もちろ、色んな意味で過渡期であろうことは理解した上で、問題提起としての発言ではありますが、少なくとも、ものづくりという産業で生き残るしかない日本の中で、コンテンツという有形無形のモノに対して今一度考えてみても宜しくはないかというものでありました。

 最近はそんな話題で「花壱ちゃんネル」も盛り上がっております。
 興味のある方はポッドキャストで。

at 23:19, chibaP, 花壱日誌

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