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スティーブ・ジョブズ 人を動かす神ーなぜ、人は彼に心を奪われるのか? (リュウ・ブックス アステ新書)
スティーブ・ジョブズ 人を動かす神ーなぜ、人は彼に心を奪われるのか? (リュウ・ブックス アステ新書) (JUGEMレビュー »)
竹内一正
良くも悪くも、飛び抜けているからこそ頂点を極められる。妥協の無い姿勢には尊敬を通り越して、畏怖さえ覚える。そこがスティーブ・ジョブズのスゴイ処だ。ただ、個人的にはあまり友達になりたくないかも。
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メディアについて、ちょっと独り言

 このところライブ配信「花壱ちゃんネル」でメディア論などを
語ったりしている中で、ふと思ったりした事。

お笑いブーム自体はいいとして、ネタの短さはどうなんだろう。
Rカーペットなどの1分ネタが面白いと受け入れられてしまって
いるが、この流れは非情な消耗戦になるような気がする。

バブル後くらいから、コンテンツの消費サイクルがどんどん
短くなってきたように感じられる。
ベストセラーはロングセラーに繋がり、ミリオンとなっていたものが、
一時の盛り上がりだけで、持続しなくなってきた。

詳しく検証すれば、何か関連性は見つかるかもしれないが、
情報量の過多に伴い、消費サイクルが短くなっているのでは
ないだろうか。
95年をネット元年とした場合、それ以降からは個人が得られる
情報量は飛躍的に増大したことだろう。
一つの情報が行き渡る前に、次の情報が流れ込んでくる。
情報が新しいものが良しとされると、古くなった情報は過去に
追いやられて、振り返る暇もなくなっていく。

さてここで、前述のお笑いネタははたしてコンテンツなのか
情報なのか?
本来、コンテンツ(作品)の面白さを伝えるために情報が
あるはずなのに、コンテンツ自体が短縮化されてしまったら
それはもはや情報という括りで使い捨てられるのではないだろうか。

実際に、あの番組でやったネタは、同じ土俵の番組では2度と使えない。
視聴者がもうそれは古い情報としてインプットしてしまったからだ。
ネタが短くなることは、限りなく一発ギャグ化していくことで、結局は
飽きたら終わりということになる。
それを毎週やらなければならないというのは、消耗戦以外の
なにものでもない。
いや、もしかして見方を変えれば、この番組自体がお笑い情報番組
ということなのかもしれない。
一分間の最新ニュースをお届けするということなら、解らなくもない。
ただ、そうなった場合は、それぞれの芸人がもっとじっくり自分たちの
芸を披露出来る場所があって、そこに足を運んでもらうというもの、
もしくは、自己PRの場所と割り切っての宣伝活動というもの、
そういう明確な意識があっての事ならいいんだけど。

どうやら赤い絨毯もゴールデン進出が決まったようだが、
お笑い番組というカテゴリーで捉えているなら、たぶんまた早期打ち切り
という結果になりかねない。
現状の構成はすでに飽きてきた、と言えるからだ。
そして情報番組(ニュース)とするならば、だんぜんあ〇びき団の方が
その特性に近い。
見た事もない芸人が出てきて、ちょっとしか見られない、またはこんな
の居ていいのって人が出てくる、これはまさに情報番組だ。
だからそこにお客がいる必要もないし、採点する必要もない。

番組をコンテンツとするなら、ネタもちゃんとした作品であって欲しい
というのが、今の気持ちだ。
ただ面白い事をしているという一発ギャグだけを見たい訳じゃない。
芸としての作品を見たい。

音楽についても、最近はすぐにBESTアルバムを作るという風潮だ。
本来ならアーティストの想いを表現する為のアルバムであるから、
曲の構成、順番、歌詞などにもこだわりがあってのものだったはず。
それが一曲単位で売ることの容認は、結果的に切り売り商売になって
しまった。
もちろん、アルバムにせんが為に駄作も同梱しての製作という
アーティスト側の怠慢もあったのかもしれないが、アルバムの
切り売りとは一冊の作品集である画集の一ページ、または物語の一部を
破り取って売っている行為ではないのだろうか。

これも短縮することによって、コンテンツであったものを情報化して
消費してしまうという流れに通じないか。

つまり、情報は留まらないから身にならないんじゃないか。手間隙
かけて作り上げたものを、じっくり観賞することによって、人は何かを
感じ、そこからまた何かを自分の中で作り上げていく作業を行うはず。
そうして、感じる事、考える事、作る事で自己というものが出来上がって
くるものではないかと思う。
情報だけに踊らされる人間を作ってしまっては、人間自体が薄っぺらに
なりはしないだろうか、と危惧してしまうのだ。

なんとなく取りとめもなく、独り言でした。

at 15:19, chibaP, 花壱日誌

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