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スティーブ・ジョブズ 人を動かす神ーなぜ、人は彼に心を奪われるのか? (リュウ・ブックス アステ新書)
スティーブ・ジョブズ 人を動かす神ーなぜ、人は彼に心を奪われるのか? (リュウ・ブックス アステ新書) (JUGEMレビュー »)
竹内一正
良くも悪くも、飛び抜けているからこそ頂点を極められる。妥協の無い姿勢には尊敬を通り越して、畏怖さえ覚える。そこがスティーブ・ジョブズのスゴイ処だ。ただ、個人的にはあまり友達になりたくないかも。
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4月を新生活として

 今年になって初の書き込みが4月になってしまった。

もろもろの事情で、しばらくこのブログにも手をつけられていなかったが、
さすがに前回より3ヶ月以上経過していることもあり、そろそろ近況の
報告も兼ねての書き込みとしたい。

ライブ配信として「花壱ちゃんネル」を初めて2年が経過した。
既に55回目となる配信を終え、その間若干の修正を行い今年に
入ってからは音楽トーク番組改め、メディア音楽放談としての
配信内容となっている。

昨年夏頃からTwitterがなにかと話題になってからは、メディアの
全体の動向が激変している様子で、どうやらそういったメディアの
先端を追いかけているというのが自分達の興味と一致しているらしい。

そういう訳で、結局話の内容がメディア中心となっているので、そのあたりを
掘り下げていく方が、自分達にとっても面白いということだ。

ただ、そうは言っても別段そういう業界の人間というわけでもないので、
最先端事情通という程ではない。
それでも、キャズムと呼ばれる一定数に至る前には一応情報には触れている
であろうという立場から、解りやすく解説できる情報発信というスタンスでは
ないかと思う。
TV情報のちょっと先あたり、というのが位置と言えるかもしれない。

もう一つ言えるのは、さすがに2年もメディアについて追いかけてくると
それなりに事情通にはなってくるというもので、世の中の流れが何となく
感じられるような気がすることだ。
例えば、このLIVE配信にしても、2年前の当初は話題とはなっていたが
一部の流行でしかなかった。
それから1年間は、それ程発展することなく沈静化している様子だったが、
Twitterと連動しての動画配信というものが話題となってからは、加速度的に
メディアとして普及してきた。

いまやニコ動も積極的に生配信に力を入れてきているし、Ustreamも
一般レベルで話題になるところまで来ている。
体感としては、僅か半年ぐらいの間に、LIVE配信という波が押し寄せた
ように感じる。

なんでもそうだが、一度流行る兆しを見せても、社会的な基盤が整わないと
なかなか定着してはいかない。
LIVE配信にしても、当初はPCのスペックであったり、ネットワークインフラの
問題であったりで、技術的には可能でもやはりハードルは高かった。
技術革新と共に社会的なインフラも整備され、なによりそれを手軽に出来る
デバイスとソフトの登場という現象があって初めて定着する。

そのデバイスがiPhoneであり、ネットブックであり、またインフラのeモバイル
であったりWiFiであったりというもろもろだ。
特に、iPhoneは普及率以上に話題性に富み、かつモバイルの可能性を
一般に知らしめた影響は大きいと思う。

Twitterが話題となったのも、iPhoneとのセットで活用できたという部分は
少なからず影響したのではないだろうか。

そしてまたipadというデバイスの発売によって、またメディアが激しく変化
する可能性が見えている。
いよいよ、デジタルコンテンツとしての活字媒体の領域地図が書き換わるかも
しれない。
既に、キンドルという電子ブックが発売されてはいたが、日本での発売が
見送られていたために、国内ではそれほど話題にはなっていなかった。
しかし、iPadというデバイスの可能性はiPhoneによって何が出来るか
解ってしまっている。
電子ブック自体は、既に10年程前から存在していた。
当時から問題とされる部分は今と変わらなかったが、一つはハードの
普及が難しいということだ。
もちろん、コンテンツ自体の充実も必要であるが、そもそもリーダーと
してのハードの単価と性能に於いて、普及は難しいものだった。

ところが、今回のiPadについては先にハード自体が売れてしまうのは
目に見えて明らかであり、問題の一つは簡単にクリアしてしまう。
あとは、ソフトの部分さえ解決すれば、普及するのは明らかだろう。

現時点で、iPadは初回生産が間に合わず、国内の4月発売が延期され
5月以降となった。
メディアの流れから予想すると、この半年でまた劇的な変化が起こるかも
しれない。
そして、今年は電子ブック元年と呼ばれることになるかも。

at 08:34, chibaP, 花壱日誌

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いきなり ”ネットと経済活動”

  だいぶご無沙汰の書き込み更新ということで、何を書くべきかという葛藤からのスタートであることを一つ言い訳がましく言っておきます。

 実際、She'z_Kの活動としては、相も変わらず「花壱ちゃんネル」というネットライブ配信を隔週で行っている以外には、これといって進展なし。
 しかしながら、この「花壱ちゃんネル」のポッドキャスト番組に関しては、聴取登録者数が月次80名を越えるという、ありがたい事態となっております。
 多少は認知されてきたという実感もありつつ、トークが本来のフィールドワークではないというところも痛し痒しという次第で・・・。

 とまあそんな中で、このところメディア論とかを色々と語ったりしている訳ですが、自身の経験則的な部分も含め、改めてネットと経済についての持論を語ってみようかという、今回の趣旨であります。

 「花壱ちゃんネル」の中でも再三に渡って話をしていることではありますが、まずネット経済としてタダという意識はいかがなものか?
 つまり、ネット内のコンテンツがタダというのが当たり前という風潮(?)は、はたして正しいのか否か。
 これはネットに限らず、コンテンツつまり製作物に於いて、それを試聴、利用、所有するという一連の行為に於いて、無償という事が成り立つのかどうかという意味です。
 
 ここで経済という側面で話をするなら、経済活動というのは、金銭が循環しなければ成り立たないというのが本来のあり方であると思います。これは消費経済としての社会構造から考えれば、結局はモノを消費することで、また製造、販売、消費というサイクルが生まれ、その中からそれぞれに携わる職業人の対価が生まれる仕組であるからです。
 簡単に言えば、全ての事において、無から有を生み出したモノに対しては、タダという事はありえない。
 それを踏まえた上での、個別に対価報酬を交渉していくというのなら問題ない。
 それが、いつしかタダであることが良いことであるような、ネット環境を肯定する意識になってしまっているような処に、危惧を感じているのは不当であろうか?

 特に、日本人の潜在意識の中に、無形であるものに対して金銭的価値を適応することの忌避感覚があるのではと感じるふしがある。
 これはコンテンツ商売に関わる部分でもあるが、目に見える物質としてのモノが完成形としてなければ対価が生じない。それに関わったソフト面としてのアイデアであり、思考作業である、目に見えない部分の労力というものに対しての対価という意識が希薄であるように思えてならない。

 ネット社会は、情報というコンテンツが無尽蔵に吐き出される場である。その中で有益であるか、はたまた、全くのクズ情報であるかは、それこそ対価を支払うかどうかという選択肢で振り分けされるものであって、全てを一緒くたに等価とすることは、自らの選択コストを上げていることになってしまうのではなかろうか。

 もっと単純に考えれば、良いものが欲しければ、やはりお金を払うというのが、健全な経済社会であるということだろう。当たり前に考えてもタダでモノが手に入るとしたら、それは何か裏があるとしか思えないわけで、たとえ人からタダでモノを貰ったとしても、そこにはその人との関係性の中で価値観の等価交換が生じるからこそ、成立するもののはずである。

 つまり言いたいのは、ネット社会の経済モデルとして、収益を上げる事を否定しない。更に言えば、収益ありきでのネット活用を、利用者自身が提供していかないと、良いものは残らないし、ただの自己満足的ゴミ箱と化してしまってもいいのかという、問題をはらんではいまいか。
 そんな事を感じてしまう訳です。

 もちろ、色んな意味で過渡期であろうことは理解した上で、問題提起としての発言ではありますが、少なくとも、ものづくりという産業で生き残るしかない日本の中で、コンテンツという有形無形のモノに対して今一度考えてみても宜しくはないかというものでありました。

 最近はそんな話題で「花壱ちゃんネル」も盛り上がっております。
 興味のある方はポッドキャストで。

at 23:19, chibaP, 花壱日誌

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活動停滞気味?

 一ヶ月以上のごぶさたになりますが、そろそろ近況報告もせねばという次第で・・・

She'z_K自体は主に目立った活動をしていない現状だが、ネットライブ
「花壱ちゃんネル」は定期的に継続中。
当初生配信という位置付けで始まった番組だけれど、いかんせん映像の面白みは
全く無いといった内容なので、ならばポッドキャスト番組としてどうか、とスタンスを
スライドしてみた。
以前にも書いたが、今年に入ってから登録しているポッドキャスティングJuiceという
ココログがサポートしているランキングサイトでの登録者数が増加している。
現時点で登録者数240越えという、当初予想もしなかった伸び。

「花壱ちゃんネル」内でメディアに関してのニュースやらを取り上げてきたせいか、
ラジオやポッドキャストといった音声メディアの動向も気になるようになり、注意
していると、どうやらここにもメディア改変の流れが起こりつつあるようだ。

ちょっと前までは、ラジオの衰退と言われて、もちろん大手ラジオ番組が打ち切られる
というニュースはあったが、需要自体が衰退しているわけではなさそうである。
既存のラジオ放送というメディア形態の衰退であって、ラジオ(音声放送として)が
聞かれなくなったということでもなさそうだ。

時代はメディアの持ち運びに移行している。
テレビやラジオといった据え置き型の受像受信機の前で、定時にならないと聞けない
という状況からは脱していこうというのが、メディアの動きではないだろうか。
視聴者は、自分が見たいとき、聞きたい時に情報やコンテンツを見たり聞いたりしたい。
そういうことが可能になったのが携帯電話しかり、ミュージックプレイヤー、iPhoneを
筆頭としたメディアプレイヤーなどの存在だろう。

ウォークマンが音楽を街に連れ出したように、メディアプレイヤーが映像を外に
持ち出すデバイスとなっているのは明らかだ。
当初は、ビデオを電車の中でみるかぁ〜、なんて思ったりもしたけれど、
音楽を手軽に持ち運べて何処でも聴きたいと思った事を考えると、あながち
映像だってそう考えてもおかしくはない。
それがまだ一般的に感じられないのは、映像をデパイスに移行させる方法が
まだ手軽に行えないからである。

その点、カセットというデバイスは凄かった。メディアもコンパクト、プレイヤーも
小型、どちらも持ち運べて手間も要らない。
今、映像コンテンツであるDVDやBlu-rayを持ち運んで見ることは、出来なくは
ないが、さすがにちょっと煩わしい。
メディアプレイヤーなどに落とし込むのも、パソコンがないとダメだったり、
コピーや変換しなければならないという煩わしさは残る。

それを証明する事例としては、ニンテンドーDsを挙げてみるといい。
TVゲームだって、元々はTVの前でしか出来ないものだった。
大画面がどうとか、映像がキレイとかを謳ってゲームや機材を宣伝しても
消費者が望んだのは、手軽に持ち運べ、どこでもゲームが出来る機械だった。
だからこそDsは爆発的なヒットとなったのだ。
もしかして、一家に一台ぐらいの普及率になったかもしれない。

ソニーのPSPでは、映画のコンテンツもパッケージで販売されているが、
普及率から考えると、Dsでそれをやったなら、映像メディアの売上げも
かなり違ってくるのではないだろうかと思う。

だいぶ話がそれたが、メディアは携帯メディアに移行しているということで、
視聴者数が減衰しているわけではないようだという事と、ラジオのコンテンツ
形態は、まだまだ試行の余地がありそうだという事。

「花壱ちゃんネル」がだいぶラジオ的ということで、色々試行錯誤の時期に
あったりするので、勉強中の期間だったかなというくだりでした。

というか、音楽やれよっ!ってことでもありますが・・・
その辺の企画もぼちぼちと。うにゃむにゃ・・・


at 16:29, chibaP, 花壱日誌

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メディアについて、ちょっと独り言

 このところライブ配信「花壱ちゃんネル」でメディア論などを
語ったりしている中で、ふと思ったりした事。

お笑いブーム自体はいいとして、ネタの短さはどうなんだろう。
Rカーペットなどの1分ネタが面白いと受け入れられてしまって
いるが、この流れは非情な消耗戦になるような気がする。

バブル後くらいから、コンテンツの消費サイクルがどんどん
短くなってきたように感じられる。
ベストセラーはロングセラーに繋がり、ミリオンとなっていたものが、
一時の盛り上がりだけで、持続しなくなってきた。

詳しく検証すれば、何か関連性は見つかるかもしれないが、
情報量の過多に伴い、消費サイクルが短くなっているのでは
ないだろうか。
95年をネット元年とした場合、それ以降からは個人が得られる
情報量は飛躍的に増大したことだろう。
一つの情報が行き渡る前に、次の情報が流れ込んでくる。
情報が新しいものが良しとされると、古くなった情報は過去に
追いやられて、振り返る暇もなくなっていく。

さてここで、前述のお笑いネタははたしてコンテンツなのか
情報なのか?
本来、コンテンツ(作品)の面白さを伝えるために情報が
あるはずなのに、コンテンツ自体が短縮化されてしまったら
それはもはや情報という括りで使い捨てられるのではないだろうか。

実際に、あの番組でやったネタは、同じ土俵の番組では2度と使えない。
視聴者がもうそれは古い情報としてインプットしてしまったからだ。
ネタが短くなることは、限りなく一発ギャグ化していくことで、結局は
飽きたら終わりということになる。
それを毎週やらなければならないというのは、消耗戦以外の
なにものでもない。
いや、もしかして見方を変えれば、この番組自体がお笑い情報番組
ということなのかもしれない。
一分間の最新ニュースをお届けするということなら、解らなくもない。
ただ、そうなった場合は、それぞれの芸人がもっとじっくり自分たちの
芸を披露出来る場所があって、そこに足を運んでもらうというもの、
もしくは、自己PRの場所と割り切っての宣伝活動というもの、
そういう明確な意識があっての事ならいいんだけど。

どうやら赤い絨毯もゴールデン進出が決まったようだが、
お笑い番組というカテゴリーで捉えているなら、たぶんまた早期打ち切り
という結果になりかねない。
現状の構成はすでに飽きてきた、と言えるからだ。
そして情報番組(ニュース)とするならば、だんぜんあ〇びき団の方が
その特性に近い。
見た事もない芸人が出てきて、ちょっとしか見られない、またはこんな
の居ていいのって人が出てくる、これはまさに情報番組だ。
だからそこにお客がいる必要もないし、採点する必要もない。

番組をコンテンツとするなら、ネタもちゃんとした作品であって欲しい
というのが、今の気持ちだ。
ただ面白い事をしているという一発ギャグだけを見たい訳じゃない。
芸としての作品を見たい。

音楽についても、最近はすぐにBESTアルバムを作るという風潮だ。
本来ならアーティストの想いを表現する為のアルバムであるから、
曲の構成、順番、歌詞などにもこだわりがあってのものだったはず。
それが一曲単位で売ることの容認は、結果的に切り売り商売になって
しまった。
もちろん、アルバムにせんが為に駄作も同梱しての製作という
アーティスト側の怠慢もあったのかもしれないが、アルバムの
切り売りとは一冊の作品集である画集の一ページ、または物語の一部を
破り取って売っている行為ではないのだろうか。

これも短縮することによって、コンテンツであったものを情報化して
消費してしまうという流れに通じないか。

つまり、情報は留まらないから身にならないんじゃないか。手間隙
かけて作り上げたものを、じっくり観賞することによって、人は何かを
感じ、そこからまた何かを自分の中で作り上げていく作業を行うはず。
そうして、感じる事、考える事、作る事で自己というものが出来上がって
くるものではないかと思う。
情報だけに踊らされる人間を作ってしまっては、人間自体が薄っぺらに
なりはしないだろうか、と危惧してしまうのだ。

なんとなく取りとめもなく、独り言でした。

at 15:19, chibaP, 花壱日誌

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ラジオというメディア

ちょっとラジオが気になっている。
ポッドキャスト番組をやっているというせいもあるが、最近のニュースでも
長寿ラジオ番組が打ち切りになったりとか、雑誌等で取り上げられたり
とか、ちょっと話題っぽいのだ。

ラジオの性質上、インターネットとはテレビより融和性がありそうで、
ネットに置き換えられるという意見もあるようだが、このまま本当に
衰退していってしまうものなのかどうか。

ただ、ラジオが他のメディアと違うのは、非常に”ながら”メディアで
あることだろう。映像メディアは、常に映像と正対していなければならず、
その間の時間は拘束される。
聞くだけというのは、何かをしながらという、ながら文化の象徴的位置で
あったはずだ。ラジオ世代なら分るだろう。

ともかく、ちょうどそのラジオ的番組としてライブ配信をしている
「花壱ちゃんネル」のポッドキャストが、ここに来て微妙な動きとなっている。
なぜか、視聴者登録数が急増。前回微増と書いたが、それ以降も登録数は
とどまらず、我々としては驚異的数字となってきた。

ホントに、なんで?

そんな経緯で、これはもっと真剣に考えんといかん、(いや、決して
いいかげんだったわけじゃなく)という訳になり、ラジオ自体を考える
という思考に到ったわけである。

思うこととしては、やはりラジオはちゃんとしゃべらなきゃダメだということ。
映像では、フリで面白いということも出来るが、聞くだけのメディアでは、
話が本当に面白くないと、意味が無い。
何を当たり前に!ということだろうが、やはりプロはそこが違うんだろうと
つくづく思う。そもそも話芸という言葉もあるのだから。
他愛もない話でも、面白く聞かせるには、テクニックもいるだろう。
また、本当に面白い、つまり興味深いという内容を、キチンと掘り下げて
話せるのかということも重要ではないか。
それに加え、自分たちのスタンスは何処にあるのか。
番組をやっていて、結果として盛り上がるのがメディア論であったりすることを
考えると、案外と自分たちの価値観もマイノリティーになってるかもしれない。
しかし、だからといって、多数派が正解ということも無いはずだ。
統一的意識に傾く事の方が、危険ではないのかという警笛を
鳴らすことも必要だろう。

と、そんな戦略会議を居酒屋(?)でやりながら、今後の可能性を探る
という見解になったのだった。

at 14:51, chibaP, 花壱日誌

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ポッドキャストの浸透率は?

 ライブ配信サイト、スティッカムでの番組「花壱ちゃんネル」を配信して
約1年が過ぎたということは、前回も書いたことだが、今年に入ってから
なぜかポッドキャスト試聴からの登録者数が微増している。

そもそも、Jazzユニット「She'z_K」のオリジナル曲を流すことで、名前と
曲を認知してもらおうという狙いでのスタートであったのだが、ライブ配信
であるところの映像としては、全く顔を出さずというかなり消極的な内容なので、
自らもラジオ的と公言していたものである。
世の中、YouTubeなどで映像が主流になりつつあるというのに、なぜ?
(この辺の押しの弱さが、今ひとつプロモーションの効果が出ない理由)

言い訳をするとしたら、”実は映像は難しい” ということか。
ただ映っていればいいんでしょうという、安易な映像は、どうしても陳腐に
見えてしまう。TVで映像を見慣れていると、ある程度番組として成立して
いるものであれば、やはりそれなりのクオリティが望まれるであろう、という
のが考えられるところだ。

そういうところもあって、結果としてラジオ的番組ということにはなっている
のだが、そうなるとどうやらポッドキャストの方が適合しているのかもしれない。

スティッカムでの配信時間は、木曜夜23:55〜25:20ぐらいと、深夜枠で
大体1時間30分のライブ配信だ。
実際、その時間でリアルタイムで見てもらうには、映像での面白さが欠如
している内容としては、どうなんだろうと言えなくもない。
聞ければいい内容というなら、本当にラジオで十分通用する。
そんな意味でも、ポッドキャストの方が視聴者の都合としては良いのだろう。

一つ問題があるとすれば、こちら側、つまり出演者のモチベーションか。
ライブ配信の醍醐味は、リアルタイムで視聴者が参加(チャット)出来る
ところであり、同時間を共有しての、まさしくライブ感覚で配信するところに
ある。現実に目の前で聞いている人がわかるのが、出演者側の緊張感
を高めることにもなり、モチベーションもアップする。
ところが、このままポッドキャストでの視聴者だけが増えていくと、
たぶん聞いていただいているであろう事を想定してしゃべる、という
ライブでありながら、録画収録番組制作ということになりかねない。
わざわざライブでやってる意味が薄れていくような感覚になると、
それはまたモチベーションにも影響してくるかもという危惧。

そういう事を思いつつも、それも視聴者数が増えてくればこその悩みで
あり、それは純粋にありがたいことと思う。
1年間続いてきた事はそれとして、まだ模索しながらの番組制作であるのも
確かであり、それこそ映像としてはどうするんだ、という問題も考慮しつつ
更に聞いてもらえる番組にはしたいと思う。

なんだかんだ言っても、聞いてもらえているという実感(数字でしかないけれど)
が一番ありがたいことです。

at 14:09, chibaP, 花壱日誌

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いつの間にかダウンロード販売が・・・

 昨年10月に、iTunes Stoer及び海外配信サイトにShe'z_K
「Black-eyed JAZZ Ver0.1」の楽曲が登録された。
ひとまずの到達目標点でもあったので、気を抜いてしまったと言えばそれまでだが、
登録サイトのmonstar.fmの契約者用確認サイトをチェックすることを、暫く怠っていた。
年が明けて、心機一転今年の活動再開ということで久々にチェックしてみたら、なんと
海外配信でのダウンロード売上げが立っているではないか。

そうは言っても、明細には ¥19 だけだけど。
いや、19円と言えども海外の誰かが、何の情報もないであろう曲をダウンロード購入してくれたことに感謝である。

とは言ってみたが、このダウンロードの内訳が良く分らない。
どうやら、Napsterで2回、定額制(サブスクリプション)ということで¥1.11×2=¥2.22
これは、Napsterに定額制で登録することで何曲かダウンロード出来る中に入っているということなんだろう。だから一曲が安い。
それとeMusicから1回の単曲ダウンロードで¥17.59 
いずれも楽曲は「Full moon」
この17.59円というのも、何をどうやって計算したらこうなるのか不明。
というより調べていないので分らない。

monstar.fmとの契約では楽曲単価のおおよそ60%が取り分ということになっている。
単曲では150円を設定しているので、約90円が一曲あたりの売上げ。
もちろん、monstar.fmのサイトからダウンロード購入してもらった場合の話。
ちなみに、iTunes Stoer も150円の表記だったので、たぶん割合は
同じぐらいなんだろう。

問題は海外サイトの場合だが、それぞれが登録者獲得の為か登録時に50曲フリーとか25曲までフリーダウンロードとか、サービスパックのような形でダウンロードサービスを行っている。そういう中に含まれた場合は手数料支払い等はどうなってるのか?
しかし、海外配信サービスの申し込みでは国内・海外配信400サイトに一斉に配信
出来るとうたっているわけで、それの一つ一つがどうなってるのかを追いかけるのは
到底ムリなこと。
それと、もう一つ。
海外の場合は通貨レートの変動があるということ。
この円高で、海外サイトの単価ははたしていくらになっているのだろうか。

もし、eMusic の単曲ダウンロードが、なんだかんだ手数料等の振り分けがあって
50%ぐらいが売上げとなったとしても、すると販売額は36円ってこと?
日本での売価150円からすると約4分の1の値段ということか。
いったい、何処の国で買われたものか。

いや、こうしてネットがグローバルとなったからには、別に日本だからって日本で
買わなくても良くなる。ダウンロード販売であるから、送料とかの問題もない。
音楽は言葉が分らなくても成立するから、文字の壁もあまり関係ない。
つまり、海外の自国を基盤としたサイトで日本の楽曲が手に入るならば、そこから
買った方が安く買えてしまうわけだ。これはこれで、円高の逆影響が・・・。

たかだか19円の売上げから何を言ってるんだと思われそうだが、
これが始めの一歩ということで、気を引き締めましょう。

at 18:05, chibaP, 花壱日誌

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2009年度始動

年初の活動は、1月8日に行ったネットライブ「花壱ちゃんネル」だ。
昨年1月から始まったことで、ちょうど1年が経過したことになる。
当初の番組内容である音楽トークという部分は、諸事情によって
改変せざるを得なかったが、トーク自体はやや手馴れてきた感もある。

ネットを中心とした活動ということを踏まえて、ナビゲーターである自分と
She'z_K中心メンバーである榎本英彦とが、気になるネットでの話題に
ついて語り合うというものが、ほぼトークの主体となってきた。
始めはランダムな選出で、はたして統一性はあるのかという危惧も
あったが、どうやらほぼ共通しているところはメディア論ではないか
という気がしている。

ひとまず1995年をネットの創世記と位置づけると、約15年になろうと
している中で、メディアの有り様が変化してきた実体をリアルタイムで
体感してきたように感じている。
少なくとも自身、出版に係わり、TVメディアに係わり、音楽に係わり、という
流れの中で、それらのメディアが今後どうなっていくのかは、非常に
興味深いところである。

情報コンテンツを扱うものは、メディア産業の今後の有り方というものに
大きく影響を受けるだろうし、産業構造の変革を強いられることにもなりそう。
ネットの拡充によって、新しい価値観が生まれたことで、今までのビジネスモデル
が成り立たなくなってきている、まさにドラスティックに変化している真っ只中に
いるのではないだろうか。
そしてその変化は何処に集結していくのか。

TVの視聴率が落ちていて、クライアントが広告を出さなくなった、という話が
最近の話題になっている。
TVはタダで見るものだった。ところが、もうタダでも見なくなっているという現状。
一事は、無料であることが価値あることのように、こぞって無料サービスを
打ち出していた企業が、今になって立ち行かなくなってきている。
やはり、無というところに価値は成り立たないのでは、と思う。
何かしら人の手が介在するもの(コンテンツを含む)には無料とすべきでは
ないのではないか。

今日に到る経済不況の原因には、自らの価値基準を貶めていった社会構造が
あったのではないかと思うのである。

そんなスタンスに立っての、メディア論を自分では目指したい。
さて、とは言え、そんな硬い話ばかりで番組の人気が上がるのかどうかが問題。
ラジオ的番組であるところは変わらないが、せっかく映像配信という手法を
使っているのに、そこを活用しない手はない。
そんなわけで、一つの企画が上がっているのだが、それは今後のお楽しみという
ことで。

at 16:30, chibaP, 花壱日誌

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年末ということで、

だいぶご無沙汰という状態になってしまったが、実際に活動的な事象も
無かったというのも本当のところ。

個人的にも先月あたりから忙しいという状況でもあったけれども。

先週の木曜日にはネットライブ配信である「花壱ちゃんネル」の今年度最後の
番組配信を行った。
今年を振り返ってみての総括をいう趣旨での内容であったが、ちゃんと一年を
時系列で振り返ってみると、思った以上に展開はあったように思える。

そもそも、こうして足あとを記述し始めたのも、HPやBlogと連動しての事だったから
実際にはまだ一年経っていないのだ。
当初の目的として掲げた、ネットでの楽曲配信については、5月に達成。
夏にはイベント参加というオプションもあったり、月単位で考えると、それなりに
前進していたことが改めて見て取れた。
ネットでの有料配信という目標の到達点としては、itunes Stoerへの登録という
ものであったのだが、それも実現したのは10月の始めだった。

その目標達成からも、まだ2ヶ月しか経過していなかったんだ、というのが、
ちょっとした驚きでもあった。

なんだか、ものすごーく、日にちが経っているような気がしていたんだけど。

そんな中で、一年を通じて定期的にやってこれたのが「花壱ちゃんネル」である。
なんだかんだと、トラブルに見舞われたり、法的改定などもあったりしたが、
実に丸一年を迎える処まで継続できた。

当初は、素人が一時間もしゃべれるものか、とかなり疑問と不安ではあったが、
なんとも慣れとは恐ろしい。最近では1時間半が割りと簡単に過ぎてしまう。
まあ、その辺のくだりは、本編でも収録されているので、興味のある方は
そちらも聞いていただきたい。
そのためのポッドキャスト製作でもあったのだが。

本来なら、リアルな場での音楽活動というものを主体として広報しなければ
ならない部分もあるのだろうが、このネット社会における可能性というのも
まだ未知数ではあると思う。
幸いにして、「花壱ちゃんネル」の企画としてネットでの話題をネタとするフリートーク
をやっているおかげで、その方面のニュースには常に触れていられる。
この一年のあいだにも、ネット内でのコンテンツの扱いというものが、法的な
制約も含めて、さまざまに変化してきているのが解る。
実はまだまだ、過渡期なのだろう。
ネットの仕様、コンテンツの扱い、収益の有無、事業モデルの確立、浸透と多様化。
あらゆる場面でコンフュージョンが起こっていて、何が確定的なものになるかは
まだ解らない。

通信という対面を介さないコミュニケーション手段が発達したことで、
手紙がメールになり、BLOGやSNSという新たな生活環境が生まれる事により、
今までとは、違った社会構造というのもが作り上げられていくのではないだろうか。
そんな渦中に居るような気がしてくる。

たぶん、江戸時代なら、100年単位、近代では50年単位で変わっていくもので
あったろう社会構造がここ10年のうちに変わっていってるのではないかという
気がしてならない。

その意味では、音楽業界にしてもまだまだ変革が有り得るだろう。
その辺りを、これからも検証していきたいところだ。

at 03:40, chibaP, 花壱日誌

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しばし足踏み

 さて、ほぼ一ヶ月ぶりの書き込みとなる。
実際、この間目立った活動が無かったので、特筆すべきこともないと言える
のではあるが、個人的に忙しかったこともある。

まず、一つの目標であったiTunes Stoerからのダウンロード配信が確定した
ことで、一息ついた感があるのと、新曲作成期間に突入という二つの側面が
あることが、ほぼ停滞の理由だろう。

本来ならここから更にプロモーションを行う必要があるのだが、ちょっと充電期間かも。
と、そんなふうに自分自身を納得させてみる。

活動自体は停滞ではあるが、ネットライブ放送は定期的に継続しているので、
とりあえずはこれが唯一のプロモーションだ。
当初の番組編成では、メンバーそれぞれのレコメンド曲を中心にトークするという
ものだったけれど、諸事情により番組改編を行い、よりトーク中心というものに
なっている。
音楽の話だけではなく、巷で話題のニュースをネタに、それぞれの意見や感想を
ユルユルとトークするというものだが、当初の予想以上に、毎日がネタの宝庫。
改めて、日々の情報量の多さというものを実感している。
これでは、ヒットサイクルが短くなるのもうなづける。

隔週での放送だから、その間のニュースでネタ集めをするわけだが、始めの一週間
は、もう話題として古くなってしまう。世の中、たった一週間でなぜこんなにも衝撃的
な事件が起こるのだろう。
普段は何の気なしにTVなどを見ているが、時間と平行して情報を集めていくと
常に何かが起こっているように見えてくる。
次から次へと新しい出来事が起こるわけで、これでは蓄積するより捨てることを主に
していかないと、新しいものに対応できないのではないだろうか。
もしかして、全てに於いてそういう状況であることが、大ヒットが生まれなくなった要因
であるかもしれない、と考えたりするのである。

ともかく、こういうニュースのネタを集めて話をしているわけだが、当たり前の事を
当たり前に言っても面白くないんだろうから、そこはやはりちょっと違った視点
みたいな切り口を押えておかないといけない。
ちょっとはそういうつもりがあるのだが、それには自身も勉強する必要があることを
痛感するわけなのだ。

さて、今月はもろもろあって、忙しい上に毎週放送という事態になってしまったので
思考が付いていけてるかどうかが心配。

at 15:17, chibaP, 花壱日誌

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